コラム  (週報ー風ーより)


 人は必ず死ぬ日が来ます。突然何をと思うかもしれません。

 これはだれにでも訪れるもので、避けることはできません。どんなにお金があってもどんないい医者にであってもそれは避けられません。ある人は、死が怖いと思いますしある人は楽になれると思っています。死んで終わりといいますが本当にそうでしょうか。

 

 聖書の言葉に「人間には一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように・・・」

とあります。死んだあと裁きを受けることが決まっていると、だとしたら私は天国に行ける?・・・

私は幼い時に人のものを取ったことがあります。謝りましたが「泥棒」といわれいじめにあいました。ですから

この言葉を読んだ時、私は死ぬことが怖いと思いました。あなたはいかがですか?

 

 

しかし聖書はその続きがあります。

「キリストも多くの人の罪を負うために一度ご自分を献げ、二度目には、罪を負うためにではなく、ご自分を

待ち望んでいる人々の救いのために現れて下さいます。」(へブル9:28)

イエスキリストは、私たちの罪のために十字架で死んでくださいました。十字架刑は、手と足にくぎを打たれ

人びとにさらされ長い時間かかって死んでいきます。それは苦しいものです。イエスさまは罪がないのに私や

あなたのために十字架で死んでくださいました。それはあなたや私を愛していて下さるためです。そして3日目によみがえり40日間あらわれ天に帰られ、またお出でになられます(再臨)。

 

クリスチャンは、死ぬことは悲しいことですが、絶望ではありません。イエス様がよみがえられたように私たちも

やがて復活されると信じています。希望があるのです。

 

イエス様が復活されたことを覚え感謝するのがイースターです。死は悲しいことですが絶望ではありません。

イエスにある希望です!!

今は本当に苦しい、ストレスの多い時代です。でもイエスさまは信じ祈るとき希望を持つことができます。

もし死にたい、辛いという方がおられたらぜひ教会を訪ねて下さい。一緒にお祈りしましょう。神さまはあなたを愛しておられます。

 

 

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世(あなた)を愛された。

   それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」                    (ヨハネ3:16)

                      (2021.4.4)


 

聖書の中にこんな言葉があります。

 

     「そこで、マノアは主の使いに言った。「お名前は何とおっしゃいます

      か。あなたのおことばが実現しましたら、私たちはあなたをほめたたえ

     たいのです。」主の使いは彼に言った。「なぜ、あなたはそれを聞くのか。

わたしの名は不思議という。」(士師記13:17-18)

 

 

 

      神さまの恵みは時々私たちの想像を超えて働きます。そのような経験

     をお持ちでしょうか?祈っていたけど祈ることさえ忘れていたが、振り

     返ると神さまは不思議な素晴らしいことをしてくださったということが

     ありませんか?私はいくつもあります。新しい方が導かれたとき、洗礼

     を受ける決心をされたとき、会堂を与えられたとき、教会の方の病が癒

     されたとき、お墓のこと、幼稚園のこと等、神さまの不思議な業の連続

     であると思うのです。個人の問題でも主はいつも最善でした。今あるは

神の恵みです。十字架の上で苦しみ私たちを愛し赦して下さったお方、

3日目によみがえって私たちに新しい命を与えて下さるお方は、今日も

生きて働いておられます。そのお方を信じて祈りましょう。

 

      不思議と言われる神さまの導きをこれからも期待しましょう。家族へ

     の恵みと救いを信じて祈りましょう。私たちを愛してくださる神さまは

     あなたの祈りを無駄にはされません。きっとあなたの人生に、不思議な

神さまのみ手が働かれます!!

             2021年2月28日週報より

 


 

 

      

 

     多布施川を見ていたら水仙の花が咲いていました。コロナで世界中が

     騒いでいますが、自然界は変わりなく神さまの恵みの中を生きている

     と感じました。先日は朝早く外に出るとすごく明るいと感じましたら、

     月明りでした。月の明るさにしばし感動しました。

 

 

 

      神さまは、造られたものをもって神さまを現されます。月や太陽を

     見てすごいなと思います。秩序をもって回っています。季節の花々は、

     その時を知って咲きます(もちろんちょっと狂うこともありはします

     が)。神さまがお造りになった私たちの体もすごく精密です。よくで

     きています。ひとつひとつが神さまのみ業です。よく考えると生かさ

     れている不思議を感じます。

 

 

      「天は神の栄光を語り告げ 大空は御手のわざを告げ知らせる。」

                       (詩篇19:1)

 

     天体を通して神さまがわかるんだと詩編の著者は言っています。教会

     に来られない人でも、大自然を見ると自分の小ささに気づいたりしま

     す。神さまを感じるように、神さまは人間を造られました。

 

 

      疲れたとき、淋しくなったとき、もちろん嬉しいときも、ぜひ神さ

まが造られた物を見てください。

 

 

 

     「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのよう

     に装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださら

     ないでしょうか。信仰の薄い人たちよ。ですから、何を食べようか、

      何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。」

                        (マタイ6:30~31)

 

 

      神さまは、あなたのことを愛しておられます。心配しなくて大丈夫で

     す。不安になるときは、御言葉にすがって祈りましょう。十字架にお

     かかりになるほど愛していて下さるお方があなたと共におられますか

     ら。上手くいかないこともあるかもしれませんが、神さまにとっては

     最善の道と信じて歩んでいきましょう。あとでわかることも多いもの

     です。あなたの歩みのためにお祈ります。

 

 

 

 

                     (2021年1月31日週報より)

 


 

     イエスさまの誕生を祝うクリスマスが終わり、新年が過ぎ日常が始ま 

    りました。イエスさまは、誕生してすぐに異国の地エジプトに行くこと

    になりました。ヘロデに命を狙われたため、神の御使いに言われ、逃げ

    ることになりました。母マリヤと父ヨセフは、幼子イエスを連れて、エ

    ジプトに行くことになりました。「住まいをどうする?」「仕事は?」言

    い出せば心配ばかりです。しかし神に即従いました。詳しくエジプトで

    の生活は聖書に記されていませんが、幼子をマリアとヨセフは守り育て

    ました。時が来て神の御使いの導きを受けて、両親の故郷ナザレに住ま

い、イエスさまは成長されます。

 

    「イエスは神と人にいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びて

いった」。(ルカ2:52)

 

     聖書には、誕生の後12歳の時の記事があるだけです。この52節の

    ことばから想像するわけですが、神さまはもちろんですが、人つまり家

    族だけではなくその周りの人に愛され、大切にされた様子がうかがえま

    す。また色々な知恵を身に着け、体も生長したとあります。ヨセフは、

    早く亡くなったと多くの人が理解していますので、父の大工の仕事を継

    ぎ、母マリアを助け弟や妹を養ったと言われています。イエスさまは、

    労働の辛さ、母子家庭の淋しさ、長子としての責任の重さ、貧しさを知

    って成長されました。およそ30歳で公生涯に入られて、弟子の裏切り、

    人々からのねたみ、誹謗中傷、最後は十字架での痛み、死の苦しみと恐

怖・・・。どうでしょう。あなたの痛みを知らないはずはありません。

 

     「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。

    罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試

    みにあわれたのです。ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みを

    いただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近

づこうではありませんか。」(へブル4:15~16)

 

    今年も日常の中で起こるすべての心配と不安の中でも、祈りによって主

イエスさまとつながり、主と共に歩んでいきましょう。

                      2021年1月10日週報より

 


          

 

         新しい年を迎えて心より感謝申し上げます。

 

この年も神さまに祈り支えられて皆さまと共に歩んでまいりましょう。

 

 

 

   昨年は、世界が思いもよらない新型コロナウイルスによって混乱ました。

 マスク着用の生活を余儀なくされ、世界も日本も影響を受けました。新しい年

 を迎えましたが、希望もなく不安と恐れの中を歩んでおられる方、コロナウイ

 ルスに感染され失望されている方、年末年始も病院で働かれている方もおられ

 ます。この世界は痛んでいます。また多くの情報があり、人々は情報に翻弄さ

 れています。そんな先行き不透明な時代を生きる私たちです。では私たちは、

 そのような時代どのような生き方をするべきでしょうか?

 

 旧約聖書の時代もそのような時代がありました。人々は、この世界は滅びる

だから今を楽しもうという人々がほとんどでした。宗教は形骸化し、人々は自

分が正しいと思うことを行っていました。しかしわずかな人々は、救い主の誕

生を切望して祈り続ける人々がいました。神さまの時が来て、イエスさまが誕

生なさいました。このイエスさまの十字架と復活によって救いが到来したので

す。信じる者は、たとえ迫害の中でも、どんな失望の中でも、イエスさまを信

じて祈りによって希望をもって神とともに歩んでいきました。

 

 今、私たちは、どのように生きたらいいのでしょうか?新型コロナウイルス

を恐れ、不安と恐れの時代の中だからこそ、十字架にかかり愛をあらわされた

イエスさまを見失うことなく歩まなければなりません。闇がこの世界を覆って

いるように思われますが、この世界を創造し支配なさるお方、人にいのちを与

えているお方を忘れないで歩むことが大切です。

 

「主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求め

ておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神

とともに歩むことではないか。」(ミカ6:8)

 

 世界中に祈っている方々がいます。私たちも祈りましょう。自分と自分の家

族のための願いから始まり、教会の仲間たちを覚え祈りましょう。そして世界

のリーダーのために祈りましょう。

 

 新しい2021年が皆さまと皆さまのご家族、日本、世界に神さまの恵みが

豊かであるように心からお祈りいたします。

                     (2021.1.3週報「風」より)

 

                     

 


聖書の創世記に出てヤコブをご存知ですか?

ヤコブの人生は波乱万丈です。そのヤコブの息子ヨセフもまた波乱

万丈の人生です。17歳で兄弟たちに恨まれ、エジプトに売られま

す。売られた先でご主人の信頼を得たかに思う中でも投獄されてし

まいます。夢を解き明かした献酌官長からも忘れられます。ともす

れば不遇を嘆き、人に対して恨み、怒りを持ってしまいがちです。

しかしヨセフからそのような姿はみられません。

 

      エジプトの王の夢を解き明かすことにより、彼は王の次に権威ある

     ものとなります。そこに、彼を憎んで売った兄たちが食物を買いに来

     ます。ヨセフにはすぐに兄たちと分かります。兄たちはまさか自分た

     ちの弟ヨセフがエジプトの大臣になっているとは思わないのです。ヨ

     セフは22年ぶりに会った兄たちに対して、気持ちを確かめるように

     色々探ります。もちろん復讐するという気持ちはありません。兄たち

に対して次のように言い、彼らを赦します。

 

    「私は、あなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。私をここに

     売ったことで、今、心を痛めたり自分を責めたりしないでください。

     神はあなたがたより先に私を遣わし、いのちを救うようにしてくださ

     いました。・・・私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、

神なのです。」(創世記45:4~8)

 

    「あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのため

     の計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生

かされるためだったのです。」(創世記50:20)

 

      ヨセフは、様々な出来事の中に神さまへの信頼を強めていきました。

     人それぞれ人生を歩んでおります。時には迷い、苦しみ、なぜかと失

     望しそうになることがあります。しかしその背後に神さまがおられる

     ことを信じましょう。イエスさまも自分に対して悪を謀り十字架につ

     けた人間を赦し、その背後にある神さまの計画に身を委ねました。そ

     の時神さまは、イエスさまを復活させて信じる私たちを生かす道を開

いてくださいました。

 

      皆さまの人生の中に神さまの深い深いご計画があることを信じ、時

     至って神さまに感謝をささげられることをお祈りいたします。今週も

主が共におられます!       (2020年11月22日週報より)

 


 先日あるメッセージを聞きました。それは神さまの与えてくだ

     さる季節についてでした。自然界は、春夏秋冬と季節が巡ってきます。

     しかし神さまが与えてくださる季節もあります。これは順番ではな

     いというのです。春のように感謝で、恵みで喜びに満ちた日々を歩

     むように見えるときもありますし、冬のように耐え忍ぶような時を

     歩まなければならないときもあります。その季節は、自然のサイク

     ルとは違います。ある人が春のような季節を歩いていても、ほかの

     人には、冬を歩むような時があるのです。人と比べることはできま

せん。

 

     「私にはなぜ試練ばかりなのか?」「なぜ自分の祈りは聴かれない

     のか」とまるでほかの人が春のような時を過ごしても、自分ひとり

     が冬のような時間を過ごすことがあるというのです。しかし季節が

     流れるように、季節に終わりがあるように、神さまの与えられた季

     節にも終わりがあります。そして私たちが生きる人生の中に神さま

     が共に歩んでおられることを信じる必要があります。冬のような辛

     い季節のような中を歩むときも、神さまはあなたと共におられます。

     その冬のような季節の中で、神さまの愛と支えを感じるのです。必

ず春になる、神さまの道が開かれると信じることが必要です。

 

 

 

     主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てな

い」と言われたからです。(へブル13:5)

 

    「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知ってい

     る――主のことば――それはわざわいではなく平安を与える計画で

     あり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」

(エレミヤ29:11)

 

      辛い冬のように感じておられる方、秋の風のように淋しいことを

     感じ「なぜわたしばかり」と思っておられる方、あなたを造って愛

     してくださる神さまの愛の言葉を受け取ってください。あなたへの

     愛は十字架と復活で現れています。神さまと歩む道は、今は冬でも

     春への希望があります。あなたにいのちを与えてくださっている神

さまは、あなたを愛しておられます。

             (2020.10.4週報より)

 


       台風が去りめっきり秋らしくなりました。季節が巡ってくることは

      感謝なことです。

 

       今週26日土曜日にゴスペルフェスタがオンラインで行われます。

      教会で行います。第1回目のゲストで、私たちの教会にも以前来てく

      ださったイ・ユンファさんが韓国から参加されます。韓国から多くの

      方も参加し、みんなで讃美をささげます。過去のゴスペルフェスタの

映像も観ます。

 

       イ・ユンファさんは、韓国の方ですが、コロナ以前は色々な国でコ

      ンサートをされていました。ユンファさんは、幼い時家族に問題があ

りました。淋しくて悲しい少年時代を過ごします。その時に教会に行

      きギターと出会います。教会で讃美歌を歌ううちに、神様の愛が理解

できるようになり心から神様の愛を感じ救われ、洗礼を受けられます。

 

       歌が非常にうまく、韓国のコンテストなどでも賞を受けられました。

      讃美美歌を歌い日本での活動の道が開かれました。日本にいるお母さん

と会えるかもと思いながら奉仕をしていました。

 

       熊本の教会でコンサートが行われることになりました。教会は、チ

 ラシを作り、ポスターを張りました。そしてコンサートの日その会場

      にお母さんの姿がありました。そのご婦人はずっと泣いていました。お

      母さんと再会し二人で感謝されたのです。しかしお母さんは、病気で

      した。せっかく再会できたのに、しかしお母さんもユンファさんの信

      じるイエス様を信じることができたのです。そして二人で讃美されま

      した。オンラインですがぜひ教会でご一緒に参加ください!

YouTubeでも聴けます)

 

 

 

       この世に生まれてきたことも ここまできたのも主の恵み

       苦痛や悲しみのりこえようとも力でもできない

       すべては主の恵みです すべては主のみ旨です

 生きることも 死ぬことも 主の恵みです

 

 

       私を神の子とされたことも 愛してくださる主の恵み

       私が御前に呼ばれたことも すべては主の恵み

       すべては主の恵みです すべては主のみ旨です

 生きることも 死ぬことも 主の恵みです

 

 

 

      私たちの人生は、色々あります。誰にも言えない重荷をもって歩んで

      います。しかしイエス様に心ひらくとき人生は変わります。

あなたの祝福をお祈りします。         (2020.9.20週報より)

 


 

 

 

      エレミヤ書を読み終わり、哀歌を読み始めました。哀歌は、悲し

     みの歌です。エレミヤが書いたであろうとされています。前にも書

     きましたが、エレミヤは涙の預言者といわれ、エルサレムの滅亡を

     預言し、自らエルサレムの滅亡に対して悲しみを感じた預言者です。

     エルサレムの滅亡の前に神さまの前に悔い改めるように勧めますが、

     人々はエレミヤを捕らえ苦しみを与えました。家族にも見放された

     エレミヤですが、神さまを信頼して耐えて預言者の道を歩みました。

      その彼により、エルサレムへの神の怒りによる崩壊が歌われてい

     るのが哀歌です。その悲しみの中でエレミヤは、3章24節から神

さまへの待ち望み、信仰、希望を歌っています。

 

      「主は、たとえ悲しみを与えたとしても、その豊かな恵みによっ

       て、人をあわれまれる。主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ま

せるとはない。」(エレミヤ3:32-33)

 

      イスラエル王国は、神さまの国でしたが自由気ままに歩み、神さ

     まに従うことをしませんでした。エレミヤの忠告にもかかわらず悔

     い改めませんでした。それゆえ神さまに裁かれますが、神さまは愛

     しておられるゆえにまた国を復興してくださるということをエレミ

     ヤは信じ預言しました。現状は崩壊した町。しかしその先に神さま

の回復を信じ希望を持ちました。現実だけでなく将来を見たのです。

 

      私たちにも苦しみや悲しみがあります。どうして私が?いつまで

     続くのかと思う悩みや苦しみがあります。私が悪かったと自分を責

     めたりします。しかし今の苦しみの背後に神さまがおられること、

     意味もなく苦しみを与えないということを忘れてはなりません。主

     イエスも地上のご生涯で、弟子に分かってもらえないこと、人々か

     らの中傷、肉体の疲れ、十字架での体の痛み、働くことの大変さ(

     工を20年以上)を味わわれました。私たちと同じ人間になられたの

     です。ですから、あなたの苦しみを本当に理解してくださる方です。

     失望しないでください。あなたは愛されています。主はあなたと共

     におられ、あなたを見放さず見捨てないと言われています。先は誰

にも分りません。しかし不安にならないでください。主は、あなた

     と共にいてくださいます。   2020.8.30週報より    


      先日、台湾の民主化に命を注いだ中華民国総統李登輝氏が

     亡くなられたという報道がありました。彼は、親日家で、日本語

     も話されました。私はこの方のことをほとんど知りませんでした。

      友人がFBに紹介してくれて色々教えられました。

     李氏はクリスチャンで、彼が書いた本で『最高の指導者の条件』

     というのがあるそうです。その本の第一章1節に「孤独を支える

     信仰」とあるそうです。そこには次のように書かれてあるそうです。

 

 

     「これまでの人生を振り返ると、いかなる厳しい環境に置かれた

 立場でも、意思を貫くうえでの力の源は信仰であった。もちろん

 総統在任中においても、信仰が私の原動力だった。だから、指導

      者の条件を問われたとき「絶対に不可欠なもの」として、私は必

      ず“信仰”を挙げる。信仰を指導者の第一条件とされ捉えている」

               (最高の指導者の条件P14)

 

 

 

      私の友人は『クリスチャンとして生き、自他ともに認める国の

     最高指導者でありながら、自らの上におられる、さらなる権威者

     の存在を心にとめ続けた李氏。李氏亡き世界には、今もたくさん

     の最高指導者がいますが、彼らの上にはさらなる権威者がおられ

     ることを、その存在を畏れつつ、驕り高ぶらずに国民の先頭に立

     ちなさいと李氏は今も語りかけているように感じています』と言

     っています。李氏のようなリーダーが現れることを願います。今

     世界は非常に不安定です。世界のリーダーのために祈りたいと思

います。世界の平和のために祈りましょう。

 

     「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威は

      なく、存在している権威はすべて、神によって立てられているか

らです。」(ローマ13:1)

 

     「すべての人のために、王たちと高い地位にあるすべての人のた

      めに願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。それは、私た

      ちがいつも敬虔で品位を保ち、平安で落ち着いた生活を送るため

です。」(Ⅰテモテ2:1-2)

              (2020.8.9週報より)

 


      やっと梅雨明けしました。今年もあちらこちらで災害をもたらす

     雨となりました。一日も早い復興をお祈りいたします。

      また新型コロナウイルスが広がり続けています。その影響で、修養

     会がオンラインで行われました。ZOOMというもので北海道から沖縄

     までつないで100名以上の方々が参加して行われました。讃美も沖

     縄の教会がリードしてみんなで讃美しました。今回の第一の印象は、

     若い人たちが、オンライン修養会を引っ張っているということに大変

     感動しました。また10年近く参加していなかった私にとって、オン

     ラインは非常にありがたいことでした。説教だけでなく、分かち合い

     や分科会もできたことに感動しました。新しい生活スタイルというこ

とでしょうか。

 

      関野祐二先生が、聖書のメッセージを語ってくださいました。聖書

     の歴史や背景なども細かく話して下さり感謝します。

     「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」という

     御言葉がありますが、渇きを覚えてないときの水は美味しくないよう

     に、義理で教会に来ても長続きはしない。そんなときはその人が霊的

     な渇きが生まれるのを祈って待つしかない。今は渇いていなくても、

     ずっと続くのではなく、必ず渇くときが来ると信じて祈ることが大切

     であると。そのときにタイミングよく真の生ける水を差しだせるよう

     に用意することが大切であると言われました。祈りに覚えている家族

     や友人が、今は無関心に見えても失望しないで祈ることが大切である

と思いました。

 

     「しかし、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と認める方を

     信じる人には、その信仰が義と認められます。」(ローマ4:5)

      この御言葉に感動しました。働きがない、不敬虔な者である私たち

     を、神さまは「あなたは「義」ただしい」「あなたは生きていてよい」

     と言ってくださるのです。そのお方(神さま)を信じるなら、あなた

 を義と認め下さるのです。これは、すごいことです。

 

      私たちなら、親切にしてくれない人、無視する人、私たちに益をも

     たらさない人とは信頼関係を結べないですね。しかし神さまは、あり

     のままの私たちを愛して下さり、イエスさまをこの世に遣わして下さ

     いました。イエスさまは、私たちの身代わりとなって十字架にかかり、

     3日目によみがえることにより私たちに愛を現し、新しい命を下さり、

    「あなたは生きていい」「あなたを愛する」と言って下さっています。

 なんという恵みでしょう!!(2020.8.2)

 


     雨がやんで晴れた日にセミが元気に鳴いていました。夏が来たな~と

    感じていると、幼稚園の子どもがセミの抜け殻を大切に持って来ました。

「先生、セミが生まれたんだよ。夏だよ。」と教えてくれました。大雨や

コロナで心がふさぎがちですが、季節は巡っています。虫や花は、よく知

っています。暑くなるでしょうから、皆さまのご健康が守られますように

お祈りいたします。

 

「人が隠れ場に身を隠したら、わたしはその人を見ることができないのか。

-主の言葉―天にも地にも、わたしは満ちているではないか。

      -主の言葉―」      (エレミヤ23:24)

先週の朝いつものようにたくさんの祈りをして、心の中の思いを神さまに

申し上げて、聖書の言葉を読み始めました。そのときこの言葉に出会いま

した。私の祈っている人の状況は、私にわからないことがあります。祈り

が空しく思うことがあります。その時でした。たとえ人が隠れ場に身を隠

しているように、私から見えなくても神さまには見えている!そう!神さ

まは、すべてを見ておられるのだということです。この言葉は、人が隠れ

場に身を隠したら、わたし(神であるわたし)は見ることができないと思

っているのか?と私に問われたのです。「わたし(神)は、天にいるだけ

ではない!地にも満ちているのだよ。」と私に語りかけられたのです。

 その日車を運転していると、青空と雲がありました。雲が大きく広がっ

ているのを見て、神さまの御手、御腕を思いました。神さまは、満ちてお

られると深く感じました。

 その夜もう一度この言葉を読みながら、神さまはすべてをご存知だと思

ったとき、将来さえもご存知であると思いました。色々不安が胸にあり、

祈りの課題がたくさんありますが、この御言葉を声に出して祈りました。

     皆さまの中にも、神さまは私の祈りを聞いてくださっているのか?神さ

まは私の痛みや苦しみを知っていて下さるのか?と思うことがあるかもし

れません。いつもはそんなに気にならないことであっても、ふとした時に

心にある不安に気づくことがあるかもしれませんね。その時「神さま、あ

なたは私をご存知ですね。私をお助け下さい。神さまの愛が分かるように

教えてください。」そう祈って下さい。十字架にかかって死ぬほど私たちを

愛しておられるイエスさまの愛を思い出してください。今日も神さまは、

イエスさまを通してあなたとあなたの家族を愛して下さっています。

 「天にも地にも、わたし(神)は満ちているではないか。」信じます。苦

難の中にある方、祈りを必要としている人を覚えましょう。祝福をお祈りし

ています。              2020.7.19週報より

      


     九州南部豪雨があり、多くの被害が出ています。特に被害が激しい

     人吉に九州キリスト災害支援センターの方々、ボランティアの方々が

    入られた報告がありますので、引用します。(フェイスブックより一部抜粋)

 

 

     2020.7.1

     九州南部豪雨についての報告⑨

     ボランティア9名、スタッフ3

 

     1.九キ災人吉ベース開設した初日で水害に遭った人吉聖書教会(会堂、

       幼稚園内、牧師館3か所)と教会員のお宅のボランティア支援活動

       を行いました。

       〇家財仕分けと運搬

       〇会堂長椅子移動・カーペットはがし

       〇床下チェック

       〇幼稚園の本等の整理

       〇高圧洗浄作業

       今回の災害に対して迅速的に動いてくださっている関係協会や熊本

       のネットワークを通じた協力体制の中で7つの教会から集まって下

       さいました。作業中も教会の隣接したお宅もおなじような浸水被害 

       があり、重いものを搬出する際は、スポットでサポートさせていた

       だきました。ガテン系作業だけでなく、女性目線の細かい作業もあ

り、今後も30名以上のボランティア募集を願っております。

 

     2.人吉市内教会訪問:被害状況の把握と今後の支援について話をしま

した。

 

     3.芦北町支援物資配布

 

       水俣福音キリスト教会にご協力いただいて芦北町の被災した関係者

       のお宅と老人施設に救缶鳥を配布しました。訪問したお宅の中には

       インスタントのラーメンしかなくて美味しいパンを食べられたこと

       をとても喜んでくださいました。

 

 

 

     以上が最新の報告です。まだあと1週間は雨が降ります。復興にはかな

     りの時間を必要とします。私たちにできることは何でしょう。

     ボランティアに行けなくても、祈ることができます。九州キリスト災害

     支援センターのスタッフの健康と安全、一日も早い復興をお祈りしまし

     ょう。また献金箱を継続して置いてあります(先週分は送金済み)。自分

の痛みと感じ、祈り関心を持ち続けたいと思います。

                   2020.7.12週報より

 


 

     先週は、3月に亡くなられた故N姉の納骨式を大和にあるさくら

    墓苑で行いました。梅雨の中休みでよいお天気で、風も程よくあり感謝で

    した。お墓に行きますと亡くなられた方々のことを思い出します。主イエ

    スさまを若い頃から信じ、人生を主と共に歩み、色々な試練の時に共に祈

    った方とのことを思い出します。またある方は、長い闘病生活で教会にお

    出でになることはありませんでしたが、病床で一緒にお祈りしたことを思

    い出します。あの方の好きだった讃美歌を思い出したり・・・様々な思い

出が心に浮かびます。

 

    「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」

                        (へブル9:27)

 

    とあるように、皆死ななければなりません。悲しいことです。親しい友、

    愛する家族を置いていかなければなりません。もちろん、どんな最後を迎

    えるかもわかりません。平安で感謝をもって最後を迎えたいと願います。

死に対して私たちはどこかで恐れます。ですから考えないようにします。

 

     ある緩和病棟のスタッフが言われていました。「人が最後を迎えるとき

    に自分がしてしまったことを詫びたいと思う人が多いんです。わざとでは

ないがそうせざる得なかったことなどを話されることが多いのです。その

は、薬では癒されないものでそこに宗教者が必要です。」聖書にある、    

一度死ぬことと死んだ後の裁きを人間は知っているのです。その時に神さ

    まに赦されているという確信が持てるというのは、感謝です。

    十字架のイエスさまの死が私の罪の為であったと信じるとき赦されます。

    そして死んで葬られたイエス様さまが3日目によみがえられたことを信じ

    るとき、私たちも死んで終わらない復活の希望が与えられます。ですから

    先に亡くなられた方々とまたお会いできると信じています。淋しく、悲し

    いですが、死は絶望ではないのです。

   「イエスは、いつも生きていて、彼らのためにとりなしをしておられるの

    で、ご自分によって神に近づく人々を完全に救うことがおできになります」

                         (へブル7:25)

 

     イエスさまは、復活されて40日間地上を歩まれた後、天に帰られ、今

    は私たち一人一人のために祈っていてくださいます。あなたを罪と死の恐

    怖から解放し、色々な苦しみや孤独の中でも、祈りをもって神さまと共に

    歩む道へと導いておられます。心を開いてイエスさまを信じてみませんか。

イエスさまは、あなたを愛して待っておられます。

 

 


     教会のぶどうの木は、今年は虫に喰われてしまいました。虫が緑の葉を

    食べ始めて、虫がきたと思って食品用の薬(食品でできたもの)を撒きま    

     した。しかし昨年の残りで量が少なく、買って後でしようと思っているう

    ちにあっという間にすべての葉、小さな実もすべて虫に食べられてしまい

    ました。なんということかと小さな虫の恐ろしさに唖然とするばかりです。

    よく見て、虫が出てきたときに早く手を打てばよかったそうです。二日市

    教会も同じ虫がいますがよく管理されています。油断をしたらだめだと思

いました。

 

     木が葉もなく枯れ木のようになってがっかりしていました。もう切って

    しまおうかなと思っていました。するとなんとここ数日、木の横から新芽

    が出ています!すごい!この木は生きているのです。嬉しかったです。今

    年の実は期待できませんが、よく管理したら、来年また実をつけることで

しょう。

 

 

 

     今私はエレミヤ書を通読しています。罪を犯しているイスラエルの民に

    エレミヤが神さまの裁きと悔い改めを説いても、神さまを畏れることをし

    ない民の姿が見られます。何度神さまに助けられても忘れ、自分勝手に歩

    むイスラエルの民です。神さまは愛のお方ですが、同時に義しい(ただし

い)お方ですから、罪は裁かないといけないのです。

 

「ぶどう畑の石垣に上り、それをつぶせ。ただ、根絶やしにしてはならな

 

い。」(エレミヤ5:10)

 

     イスラエルの民を裁き、つぶせと非常に厳しい言葉です。しかしその後の

    ことばに神の愛を感じます。「根絶やしにしてはならない」と。つまりいの

    ちを残す、新しく生き直すチャンスです。神さまは、私たちに神に立ち返

ってほしいと願っておられます。それは愛です。

 

     わたし自身を見るときに、神様を信じ従いたいと望みながら、感謝も足

    りないものです。時にはねたみの心でいっぱいになります。人を愛すると

    言いながら、愛しきることのできない者です。

     このような者も神さまは、愛し、切り捨てず、根絶やしにされない愛の

    お方です。 神さまは、私たちを愛し、主イエスをこの世に送って十字架

    につけて私たちの罪を赦してくださいました。主は今も天でとりなし続け、

復活のいのちで私たちがどんなに落ち込んでも励ましてくださいます。

 


 わたしは、あなたに命じたではないか。強くあれ。

 

         雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。

 

  あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにおら

   れるのだから               ヨシュア1:9

 

 

 

   いよいよ梅雨になりました。雨は必要ですが、昨年の豪雨を思い出し、怖くも

  なります。程よく降ることを願うばかりです。

   聖書通読会(日曜日朝10:05~10:25)くらいまでリビングで数名で

  行っています。どなたでも参加できます。いつからでもご参加いただけます。

  モーセ5書と言われる創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記を読み終

  わりました。この5章は、モーセが書いたと言われています。天地のはじめから

  はじまり神様の選ばれたイスラエルの民の歴史です。モーセを中心とした奴隷の

  生活からの解放の旅の始まりです。神さまが私たちにどのように歩んでほしいか

  が律法として書かれてあります。当時のイスラエルのリーダーモーセがいよいよ

  死にます。120歳で亡くなったようです。

  「モーセが死んだときは120歳であったが、彼の目はかすまず、

    気力も衰えていなかった」(申命記34:7)

   しかし神様のご計画と許しの中で生涯を閉じました。そのあとを継いで、リー

  ダーとなったのがヨシュアです。ヨシュアは、いつもモーセのそばにいました。

  信仰の姿を見ていました。そのリーダーを失い、引き継ぐ不安、恐れがありました。

  その時に神さまが語られたのが初めの言葉です。「恐れるな!」「主は共におられる」

  というものです。その前にも

 「わたしはモーセといたように、あたなとともにいる。わたしはあなたを見放さず

 あなたを見捨てない。」(ヨシュア1:5)

とも語られました。大きな励ましです。

 

  私たちも不安になるときがあります。恐れるときがあります。現状を見て将来を

  恐れます。人を見て恐れます。しかし今日のあなたにも神様は語られています。

現状だけ、見えるところだけ見ないで神さまを信じて希望を持ちましょう。

 

十字架にかかかるほどあなたを愛しておられる神様は共におられます。見放さない

お方です。この神さまの前に祈って聖書を読み日々祈りましょう。御言葉を心に蓄

えましょう。あなたを慰めて励ましてくださいます。また祈りを必要としている人

のために祈りましょう。

 


「彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、

     主の臨在の御使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって、主は彼らを贖い、

  昔からずっと彼らを背負い、担ってくださった。」(イザヤ63:9)

 

 今日で5月が終わり、梅雨の6月を迎えます。この月も神さまの守りと助けをお祈りします。

 ある方とお話しして、昔からの苦しかったこと悲しかったことをずっと話されます。「いやだった」「苦しかった」「つらかった」ずっと話されます。本当に大変だったろうと想像しながら聞いています。あなたはいかがですか?今の人生を振り返って一番苦しかったときは、いつでしょうか?もしかして、今が一番苦しいと言われるかもしれませんね。そんな時は、神様に見捨てられたような気持になりますね。クリスチャンであっても祈りが届かないような感じがします。

 上記のイザヤ書は、神様に選ばれ愛されたイスラエルが捕囚となり国を奪われ人々が失望していました。神さまからすれば、イスラエルは神さまに愛され大切にされた国民であるのに、神様に感謝もせず自分勝手な道に進んだゆえに神様は、試練を与え神に立ち返るのを待っておられるというのです。神に捨てられたと思い失望する民に預言者イザヤを通して語られたのです。「彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ」と神様は喜んで試練を与えたのではないのです。いつも神様も共に苦しんでおられたのです。神さまは、イスラエルが立ち返るのをずっと待っておられたのです。

 あなたや私の苦しみを神様は傍観しておられません。その苦しみの中で神様も苦しみ、神様に頼る日をまっておられます。苦しみの中で、一人ではなく神様がこの苦しみを知って下さっていると思うとき私たちは、力を得るのです。目に見えませんが共にあなたと共におられる神様を仰いで歩んで生きましょう。苦しみの中にいる人のためにお祈り致しましょう。

 

 


「たとえ山が移り、丘が動いても、

  わたしの真実の愛はあなたから移らず、

 わたしの平和の契約は動かない。

  ーあなたをあわれむ方、主は言われる」(イザヤ54:10)

 

 新型コロナウイルスによって緊急事態宣言が発令されて、教会での礼拝は中止し、家庭で礼拝を守っていました。しかし5月17日から礼拝できるようになりました。感謝です。第2波、第3波も心配されていますが祈るのみです。日本の為、世界のためにお祈りいたしましょう。

 

 ときどき神様わたしの祈りを聞いておられるなかな?と思うことや神様の愛を感じることができなくなるようなつらいことを経験するのではないでしょうか。人から見れば、大きな事でなくても自分では辛く思えることがあります。ないほうがいいですが、私たちは人生を歩む中でそんな時を過ごします。まるで出口のないトンネルにいるような…。神さまを信じ祈っているのに祈りがとどいていないようなそんな時です。私もそんな風に思えるときがあります。そんなとき祈りの言葉もでないようなときは、聖書の言葉を何度もいいます。

 上記の聖書の言葉は、慰めになるといいです。「山が移る?丘が動く?」ありえないようなことです。信じられないようなことが起こっても、神様の愛はあなたから移らないし、平和の契約は動かないというのです。一見愛されてないと感じることがあっても神さまの愛は、変わってないんだということです。あなたがそう感じているだけだというのです。そしてあなたを憐れむ方がおられるのです。なんどもこの御言葉を言い告白しましょう。

 そして神様にありのまま祈りましょう。「私は今くるしいです。」「どうしてこんなことが・・」そして今まで神様によってなされたことや人々を通してなされた感謝なことを思い出しましょう。きっと今の状況も神さまの力によって乗り越える道が、開かれ知恵が与えられることでしょう。

「私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神が、どうして御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがあるでしょうか。」(ローマ8:32)

「2羽の雀は、2アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽さえ、あなたがたの父の許しなしに地に落ちることはありません。あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。」(マタイ10:29,30)

十字架で愛を示され、死んで3日目によみがえられた恵みの神様が、あなたと共におられます。今週も主と共に歩みましょう。

 


「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。

  自分の胎の子をあわれまないだろうか。

   たとえ女たちが忘れても、このわたしは、あなたを忘れない。

 見よ、わたしは手のひらにあなたを刻んだ。」(イザヤ49:15)

 

 みなさまいかがおすごしでしょうか。

 5月10日は母の日です。今年の母の日は、新型コロナウイルスの影響で母に会えない、一緒に食事ができないと残念に思っておられる方もおられるでしょう。どんな人にも神様は、お母さんを与えて下さいました。

 お母さんは、子どものことをいつも思っています。ご飯を食べているかな、元気でいるか・・・。ここにあるように特に幼い子を乳飲み子をもつ母親は、年中気を配っています。胎内に宿した胎児を思いやります。しかし、

もし忘れるような母親がいたとしても、「わたし(かみさま)は忘れない。」と言われるのです。神さまは私たちのことを忘れないのだというのです。自分は、親から愛されなかった、だれも自分を覚えてくれていないと言いたくなるようなことがあっても聖書の神様は、あなたを忘れてないよと言ってくださっているのです。

そして、神様の手のひらにあなたを刻んだ、刺青のようにいつもあなたの名があるというのです。それは、十字架の傷です。あなたの死への恐怖、孤独、誰にも愛されていないという苦しみ、忘れてしまいたいような罪を全部引き受けてイエス様は、十字架にかかって死んでくださいました。あなたのためにわたしのために痛みを負ってくださいました。なんという愛ですか。私たちが神様を知らない、頼んでないのに神様は、愛をあらわされました。そして3日目によみがえられ、生きておられます。今もあなたのために天でとりなしておられます。

 神さまの愛をぜひ信じてみませんか。神さまは、あなたを招いておられます。母親があなたを十分愛してくれなかったかもしれないでも神様は、あなたを愛しておられます。子どもを十分に愛せなかった、そうです私たちの愛は不十分です。後悔に苦しんでおられる方イエス様は、あなたをゆるし慰めてくださいます。

 今新型コロナで疲れ苦しんでいる方のためにお祈りします。神さまの愛が注がれてそれを感じることができますように。不安や恐れがあるそのままを祈って下さい。神さまの言葉「あなたを忘れない」を信じて受け止めて下さい。あなたのためにお祈りしています。

「神様、わたしは、今孤独です。恐れ不安でいっぱいです。どうか助けて下さい。わたしを忘れないと言われる神様が分かるように、信じれるようにお願いします。わたしを助けて下さい。主イエス様のお名前によって祈ります。アーメン」

 

 

 










  No.2302015年11月1日

  11月になりました。秋の空をバルーンが飛んでいます。下ばかり見が

 ちな私たちですが、空を見上げ主をあがめたいものです。

  先週の第一礼拝では、旧約聖書のルツ記を読みました。ナオミは夫エリ

メレクとふたりの息子とイスラエルに住んでいましたが、飢饉があり、彼

らはモアブという外国に住むことになりました。二人の息子はモアブの娘

を妻にし、6人で住んでいました。しかし、ナオミの夫エリメレクと二人

の息子は亡くなりました。残されたのは年老いたナオミと二人の嫁です。

ナオミの悲しみははかり知れません。ナオミはふるさとベツレヘムに穀物

が取れるようになったと聞き、故郷に帰る決心をします。そこでモアブ人

の二人の嫁に実家に帰るように促します。再婚出来ればそれがいいという

願いです。二人の嫁は泣き、一人の嫁は、帰る事にします。しかしルツと

いう嫁は、「あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住

みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」(ルツ1:16)

と言い、年老いた義母ナオミから離れず共にベツレヘムに行きます。ルツ

にとってイスラエルは外国で不安もありましたが、義母ナオミとその神を信

じ生活を始めます。当時ゆるされていた落ち穂を拾って生活します。それが

はからずも遠い親戚ボアズの畑です。ボアズはナオミやルツのことを聞き、

配慮し大切にします。その後ボアズとルツは結婚し、オベデが誕生します。

オベデは、ダビデの祖父、その子孫として、やがてイエスさまが生まれま

す。イエスさまはユダヤ人ですが、その系図の中にはモアブ人の血、すな

わち異邦人の血も入っています。イエスさまは世界の救い主なのです。

 ナオミとルツの人生は、悲しみの多い人生でした。しかし、神さまはそ

の涙を喜びに変えて下さいました。神さまは涙を喜びに変えることがおで

きになります。あなたの涙も神さまはご存知です。信じてみませんか?

                  佐賀神の教会伝道師 相原幸紀美  


 No.2292015年10月25日

  秋の良い日が続いています。町の街路樹も少しずつ紅葉し、秋の豊かさを

感謝します。

さてヨセフ物語も終わりです。兄たちにねたまれエジプトの商人に売られ

たヨセフですが、彼と共に主がおられ苦難の中にも忍耐と慰めが与えられま

した。ヨセフがエジプトの王パロの夢の解きあかしをして、エジプト王に次

ぐ権威者となります。30歳のヨセフです。7年間の豊作の後、ききんがエ

ジプト全土と周辺国に起こります。人々はエジプトに食料を求めて来るよう

になりました。ヨセフの父イスラエル(ヤコブ)も兄たちに命じてエジプト

のヨセフの元に食料を買いに来ます。兄たちにはヨセフとは分かりません。

自分が売ったヨセフがまさかエジプトの権威者になっているなんて夢にも思

わないからです。しかしヨセフには分かるのです。自分を売った兄たちの背

後に両親が見えてきます。ヨセフは両親が元気かと聞きます。すぐには身許

を明かさず兄たちが、変わったかを知ろうとします。色々な手段で少しずつ

兄たちを観察します。第45章には、もう自分を制することが出来ず、泣き

ながら兄たちに自分がヨセフだと告白する姿が描かれています。ヨセフは、

兄たちに自分のことで心を痛めないようにと配慮ある言葉を話し、その上で

「今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。」

(45:8)と言います。その後ヨセフは、一族をエジプトに呼び寄せます。

父との再会を果たすのです。

苦難の中で彼の人格も育ちました。彼が権威ある立場につくための神さま

からの訓練だったのかもしれません。神さまは、私たちの人生にも計画をお

持ちで、無駄なことは一つもありません。ヨセフは兄たちに「あなたがたは、

私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいまし

た。」(50:20)と。どうぞ創世記37-50章をお読みください。

              佐賀神の教会伝道師 相原幸紀美     


   No.2272015年10月18日

   先日のコリアンカフェ、秋のコンサートに昨年も参加された方や久しぶ

りの方、韓国語教室の方がお出で下さり感謝します。スヨンロ教会のご婦

人たちは、仕事の都合を合わせ、家族の理解を受け、自分を献げて、教会

から派遣されて宣教のためにお出で下さいました。感謝します。

 ヨセフ物語は、わたしたちを励まします。ヨセフは兄弟によってエジプ

トの商人に売られます。愛する両親から引き離され、言葉も文化も違う所

に置かれます。たった一人と感じます。しかしひとりではないのです。

「主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト

人の主人の家にいた。」(創世記39:2)主、神さまがヨセフと共におら

れたと聖書はいいます。何度も記しています。しかしその主人の妻にはめ

られ獄中に入れられます。「しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵み

を施し、監獄の長の心にかなうようにされた。」(39:21)獄中でも神

さまは共におられたのです。その中で夢を説き明かします。ヨセフは解き

明かすのは自分ではなく神さまですとはっきり言います。夢の通りになっ

たら思い出してくださいと言いますが、ヨセフは忘れられてしまいます。

2年も。

上手くいきそうで行かないそんなことないですか?お祈りをしてもなか

  なかかなえられず苦しむことがあります。しかし神さまは、あなたを見捨

てたり見放したりされたわけではないのです。ですからわたしと共に神さ

まがおられることを信じて置かれたところで真実に誠実に歩むことが大切

です。あなたに与えられた仕事、主婦としての勤め、子育て、介護そのあ

なたとともにおられる神さまは、時が来たときに不思議な恵みを下さいま

す。信じてこの週も歩みましょう。

              佐賀神の教会伝道師 相原幸紀美



 No.2262015年10月11日

   幼稚園の運動会のためにお祈りいただきありがとうございました。大き

な怪我もなく楽しい運動会を行う事が出来感謝しています。明日は、コン

サートです。6時からです。また3時ぐらいからコリアンカフェを開きま

す。ゆっくりと交わりの時としたいと思います。ぜひお越しください。

 先週の第一礼拝からヨセフ物語が始まりました。創世記37章からヨセ

フの人生は、書かれています。ヨセフの父は、イスラエル(ヤコブから改

)、彼には11人子どもがいました。ヨセフは10番目の子どもですが、

一番愛された子どもです。特別な服を作ってもらいヨセフ自身も喜んでい

たようです。ヨセフは、兄たちからねたまれているのに、夢の話をします。

「麦の夢」(37:7-8)と「天体の夢」(37:9-11)です。ます

ます兄たちのねたみは強くなります。兄たちは羊飼いでした。父はヨセフ

に兄たちの様子を見に行くように命じます。兄たちは、遠くにいるヨセフ

を見つけ殺そうと企てます。年長のルベンは、密かに助けようと思い、殺

すことには反対します。結局は、ルベンがいないときにエジプトに向かう

商人にヨセフを銀20枚で売ったのです。兄たちは、ヨセフは雄やぎにや

られたと父に報告するのです。父の悲しみは、深いのです。ヨセフの人生

は、どうなることでしょう。

 ヨセフの人生は、波瀾万丈です。兄弟にねたまれ、おとしめられ、愛す

る両親から引き離される。なんという青年期でしょう。ヨセフは、泣き苦

しんだかもしれません。神さまに捨てられたのかと思ったのかもしれませ

ん。そんな彼の思いを越えて、実は深い神さまのご計画があったのです。

あなたの人生にも神さまのご計画があるのです。

イエスは答えて言われた。「わたしがしていることは、今はあなたには

からないが、あとでわかるようになります。」(ヨハネ13:7)

                 佐賀神の教会伝道師 相原 幸紀美



No.2252015年10月4日

   「彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、

    悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや

    過ぎ去ったからである。」(黙示録21:4)

    10月1日に古賀紀美子姉は、静かに眠るように息を引き取られ、

   天に召されました。病気が分かって約1ヶ月、見る見るうちに衰弱さ

   れました。1ヶ月前は自転車でお買い物もされていましたから驚きで

す。77年の人生でした。昭和44年に洗礼を受けられ、信仰の生活

を始められました。忠実に礼拝を守り、聖書に親しむことを喜びとさ

れました。私たちの教会には、2年ほど前にお出でになり「お役に立

つよりご迷惑をおかけする方が多いですが良いですか?」と言われ、

牧師が「私はそのためにいますから。」と答え、転会され教会の家族と

なられました。

ご病気になられてからは、告別式の話をされました。お花や写真、聖

書の箇所、讃美歌等を選ばれ、告別式では「沢山のご迷惑をおかけしまし

た。お許しください。また沢山のお祈りとご親切にありがとう。」

と伝えてくださいと言われました。亡くなられる数日も「主とともに」

と何度も言われ主の手にすがられ、天国への階段を登っているようでし

た。長年疎遠であったご兄弟に見送られ、讃美歌と聖書のみ言葉にすが

りながら静かに天に召されました。

 古賀紀美子姉のご苦労の多い77年、一人で淋しい時もあったでしょ

う。辛いことも悔やむことも、悲しいことも痛みもおありだったでしょ

う。しかし今は主のそばで、すべてから解放され、再臨の日まで眠って

おられます。いつか主の前で再会できるのを楽しみにしています。ご遺

族の皆様、親しくされていた方々に天父のお慰めをお祈りいたします。

                 佐賀神の教会伝道師 相原 幸紀美



      No.2242015年9月27日

   皆さまにお祈りいただいています古賀紀美子姉妹ですが、今緩和ケアに

主と共におられます。讃美歌を一日中聞きながら安らかに過ごされていま

す。皆さまの祈りに支えられ感謝しておられます。続けてお祈り下さい。

 マタイ25:1-13を読んで下さい。そこに10人の娘たち(花嫁の

)の事が書いてあります。花婿が迎えに来て結婚式が始まります。娘たち

は、花婿が迎えに来るのを今か今かと待っています。携帯があれば良いで

すがない時代、遅れても連絡できず、嫁たちは、うたた寝をしたというの

です。いざ来た時に5人はすぐに迎え出ますが、あとの5人が余分に油が

なく手惑います。油を余分に持っている5人に分けてもらおうとしますが、

出来ず買いに行く間に花婿が行ってしまい、追いかけますが戸は閉じられ

たという話です。

 この話の花婿はイエスさま、娘たちは私たちです。イエスさまは、十字

架で死に復活され地上で人々にご自分を現せなさいましたが、その後昇天

されました。今は天で私たちのために祈ってくださっています。そのイエ

スさまは、再び来ると言われました。再臨といいます。しかしその時がい

つかは分からないのです。今日か明日か、20年後か・・・しかしイエス

さまは必ずこの地上に私たちを迎えるために来られます。その時のために

眠らないで目を覚ましてイエスさまに会う備えをしましょう。もちろん再

臨だけではなく、誰でも訪れる死を迎える備えが必要です。愛の神さまは、

待っておられます。

「主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅ら

せておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深く

あられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い

改めに進むことを望んでおられるのです。」(Ⅱペテロ3:9)

                 佐賀神の教会伝道師 相原 幸紀美